斉藤俊秀(藤枝MYFC)
1973年4月20日静岡県出身。
清水東高→早稲田大学→清水('96)→湘南('07〜)→藤枝MYFC('09〜)
フランスW杯日本代表
現在、IT企業(Jプレイヤーズ社)役員兼藤枝MYFC監督兼選手
Jプレイヤーズ
http://jplayers.jp/
藤枝MYFC
http://myfc.jp/
斉藤俊秀(藤枝MYFC)
1973年4月20日静岡県出身。
清水東高→早稲田大学→清水('96)→湘南('07〜)→藤枝MYFC('09〜)
フランスW杯日本代表
現在、IT企業(Jプレイヤーズ社)役員兼藤枝MYFC監督兼選手
Jプレイヤーズ
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藤枝MYFC
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Honda FCvsガイナーレ鳥取戦を観戦しました。
浜松の都田グラウンドには大勢の観客が訪れ、一つ文化として根付いていることを感じました。
同級生の服部選手、代表でお世話になった岡野さん、、湘南で一緒だった梅田選手、富山選手の活躍を目の当たりにし、非常に嬉しく思うと共に、大変刺激を受けました。
ガイナーレを支えるクラブ関係者の姿勢からも、たくさんのことを学びました。
彼らに追い付きたいと改めて感じた素晴らしい1日でした。
先週末は全国社会人サッカー選手権の東海予選に参戦しました。
三重県鈴鹿市が会場となったBブロックは、MYFC、FC刈谷、鈴鹿ランポーレの東海リーグのチームと静岡県予選を制した東芝機械という強豪がひしめく、文字通り死のブロックとなりました。
全国大会出場の1枠を争うため、3チームはどうしても脱落してしまいます。
特にMYFCは刈谷と鈴鹿に勝たなくては出場権を得られないという試練が課せられました。
最終的に運良く我々MYFCが全国への切符を手にすることができましたが、勝負は本当に紙一重でした。
試合終了後に刈谷や鈴鹿の方々から頂いたエールは決して忘れません。
我々は両チームの想いを胸に、東海エリアの代表としてその名に恥じないプレーをし、東海のチーム此処にありを全国に轟かせたいと思います。
昨日は東海リーグ、vs矢崎バレンテ戦がありました。
MYFC選手たちの頑張り、スタッフの支え、大勢のサポーターの応援のおかげで快勝することができました。
会場はかつて聖地とも言われた藤枝市民グラウンドでした。
藤枝市民グラウンドは、日本で初めてサッカー専用として作られたスタジアムと言われています。
昨年から練習試合等で利用させて頂き、現在では大変親近感のあるグラウンドですが、私にとって実は藤枝市民の公式戦で勝利したのは初めてでした。
高校1年、2年時の高校総体静岡予選の決勝で、対戦相手に2度とも目前で優勝を決められた場所でした。
高校3年時のSBSカップでも引き分けた記憶があります。
公式戦ではありませんが、昨年8月に行ったMYFCvs藤枝市役所との練習試合でも引き分けでした。
昨日の矢崎バレンテ戦が終わってから、この事実に気付きました。
市民グラウンドが私とMYFCを藤枝の地元チームとして認めてくれたのだと思いました。
私にとって、晴れて藤枝市民グラウンドが聖地となった記念すべき嬉しい1日でした。
最近はMYFCに対し多くの方々から様々なご支援を頂いております。
クラブの努力による芝生のグラウンドでの練習、最新鋭のジムの利用、サプリメントの提供、練習着の提供など、我々は有り得ないようなありがたい環境を享受しています。
MYFCがスタートしたばかりの昨年当初は、ボールや用具も十分に揃わない中、藤枝市内の小中学校をお借りしてのナイター練習で汗水流しました。
しかし、昨年が不遇だったかといえば、全くそんなことはありませんでした。
サッカーができること、同じ目標に共に向かっていける仲間がいることに対し、感謝と喜びを改めて感じることができた幸せな一年でした。
土のグラウンドで泥臭くひた向きにプレーし、スライディング、セービングしていた姿がMYFCの原点です。
この原点を持ち続ける限り、MYFCは前進し続けるでしょう。
どんなに環境が改善されようと物資が揃おうと、それが当たり前という錯覚に陥ってはなりません。
まだ確固たる実績のないアマチュアの我々がご支援を頂けることは、まさに奇跡的なことです。
常に感謝の気持ちと初心を忘れずに前進したいと思います。
13年間プロの生活の中で、酸いも甘いも人前でプレーすることの重みを感じました。
どんな些細なプレーでも自分の一挙手一投足が注目されていることを認識しなくてはなりません。
例え有料試合でも無料試合であっても、全力でプレーすることが観戦に訪れた方々への最低限の礼儀です。
エスパルス時代の監督、スティーブ・ペリマンに教えられた忘れられない言葉があります。
「超満員のウェンブリースタジアムでも、観客が数十人のトレーニングマッチでも、プロとして常に全力でプレーしなくてはならない。」
観衆の大小に関わらずベストを尽くすことは、アスリートとしての使命だと思います。
今年のMYFCは色々な意味で注目して頂いています。
ピッチ内外での1プレー1プレーを大切にしたいと思います。
5月16日中京大学戦の後、名古屋市にある緑FCにお邪魔してきました。
静岡の知人から紹介して頂き、今回のサッカー交流が実現しました。
約1時間30分でしたが、緑FCの子ども達は最後まで一生懸命プレーし、しっかりと話を聞いてくれました。
僕自身も1日中ボールを追いかけていた小学生時代を思い出し、刺激を受けました。
次回愛知県で開催されるMYFCの試合にも応援に来てくれるとのこと。
とても楽しみです!
試合前日に泊まった豊田市、試合会場の中京大学グラウンド、緑FCの名古屋市、新幹線で食べたみそかつと、愛知県がグッと身近に感じた1日でした。
ガンバレ、緑FC!
試合は当日の90分だけ頑張れば勝てるというものではありません。
勝利を手にするための要素として、選手、クラブ、サポーター、肉体的、精神的、環境的コンディションなど、枚挙にいとまがありません。
今回は前日から当日に至るチームの雰囲気に着目しました。
5月16日に藤枝MYFCは中京大学と対戦しました。
アウェーかつ試合開始時間の関係から、クラブの配慮で前泊させてもらいました。
以前は当たり前と思っていましたが、前日から試合に集中できる環境に身を置けることを幸せに感じました。
宿泊先は非常にアットホームな所で、個人的にはこれまでで一番リラックスできた部屋でした。
夕食時も選手同士が止めどなく話をしており、笑いが絶えない雰囲気でした。
その時点で「明日の試合は大丈夫!」と確信しました。
ご飯を4杯食べた選手もいました。
アランも頑張って和食を食べていました。
奈良林は藤枝MYFCサッカースクールの仕事を終え、23時に到着しました。
仲間と生活を共にし、時間を共有できることは本当に素晴らしいことだと痛感しました。
前日からの雰囲気が勝負に影響を及ぼすことを改めて認識した遠征でした。
昨晩、息子が参加しているティーボールの練習を見に行きました。
ティーボールはピッチャーが投げるボールを打つのではなく、バッティングティーに置かれたボールを打つ野球です。
一応、MYグローブを持っていたので、手伝いと言いながら子どもたちに混ぜてもらいました。
大人気なく守備でアピールした後、いよいよバッティングをする順番がきました。
場外ホームランを思い描きフルスイングしたら、何と空振り。
2回目もほぼ空振りのファウル。
初の三振バッターかと追い込まれましたが、3球目に何とか前に飛んでくれました。
子どもの頃から野球には自信を持っていましたが、鼻をへし折られました。
ティーボールでしたが、久々に野球をプレーして楽しい時間を過ごしました。
MYFCでも野球を組み入れたトレーニングができないか思案したいと思います。
昨日のMYFC練習は清水区にある蛇塚グラウンドで行われました。
1996年にエスパルスに入団してから5年間練習場として毎日通った思い出の場所です。
グラウンドもクラブハウスも昔のままで、まるでタイムスリップしたようでした。
蛇塚はまさに自分を大きく成長させてくれた大切なグラウンド。
初心を思い起こし、気持ちを新たにした1日でした。
やはり川口能活選手が選出されました。
4月25日の練習試合で再会したばかりだったので、非常に嬉しく思います。
現在の日本代表の雰囲気を劇的に変えてくれるでしょう。
頼みます!