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先日は僕の大学時代の友人であり、協会の監査役を担ってくれている友人の結婚式に参加。
不器用だけれど実直で誠実な彼らしいステキな式でした。
式では懐かしい人や、10年ぶりに再開する人もいる中で、当然「いまなにやってんの?」みたいな話になることは、今回に限らず想定しているし、経験しているわけです。そういった、懐かしさを共有し、お祝いをする場(まれにお別れの場もありますが)において、「ブラインドサッカーについてどこまで熱く語るか」は大きな問いです(笑)。
僕の場合、確実に「ブラインドサッカーのスイッチ」たるものが存在し、そのスイッチをonにすると、行くところまで行ってしまいます。
行くところというのは、ブラインドサッカーのビジョンやミッションからはじまり、視覚障がい者がいかにこのスポーツで変わるのか、障がいのないものにどんな価値を与えられるのか、協会がどんなチャレンジをしているのか、スポーツはどんな価値をもっているのか、そのことにブラインドサッカーがどんな貢献ができるのか、こんな働き方がどうしてハッピーなのか…etc。
懐かしくほっかりな場でちょっと引かれるくらいの熱量を持ってしまいがちで、反省することもありました。
でも、スイッチを入れるタイミングさえ間違えなければ、僕はそのスイッチを入れなくちゃいけないのだと思ってます。
昔からの友人が久しぶりに出くわした状況であろうが、電車でたまたま乗り合わせた知人だろうが、僕はブラインドサッカーやそこにかけるさまざまな人たちの想いを伝えなくちゃいけないし、僕自身、伝えたい。
伝えるなかで、伝えた人の何かがゆらぎ、何かの変化につながっていく。
そんなつながりを過去に何度も体験し、それらに助けられているからこそ、さぼってはいけないし、スマートに気取ってはいけないのです。
ほとんど毎日のように、ブラインドサッカーを知らない人やちょっと知ってる人、よく知っている人などさまざまな立場の人に、「ブラインドサッカーについて」話をする機会があります。その人がどんな状態で、何に関心があり、ブラインドサッカーのどんなところに興味を持ってくれそうなのか。毎日のようにそんな話をするなかで1分〜20分位まで、話し方、伝え方の引き出しを増やそうとしてきているのも、さまざまなシチュエーションで「うざくない」伝え方になればと思っているゆえです。
そして、そんな偏った話題に真摯に耳を傾けてくれる心の広い友人・知人に、心から感謝しています。
みんなから最後にもらう「がんばれよ!」が胸に響くのです(涙)!