● いよいよアジア選手権
選手も17日から仙台入りし、キャンプをスタート。
スタッフも主力が18日から順次仙台に入り、準備を進めてきました。
宿舎では選手たちも落ち着いた雰囲気で過ごしており、期待に胸が膨らみます。
大会直前の今、興奮する気持ちを抑えつつ、もう一度、「世界を目指すこと」について再考してみたいと思います。
●「勝つために」をあえて否定
今大会、私たちはパラリンピックという世界の舞台をかけてアジアの王者を目指しています。
そこには「勝利」こそ至上目的であるような雰囲気がまとわれがちです。
もちろん、僕自身も選手たちには勝ってほしい。みんなもそんな風に応援している。
選手たちもその期待に応えたい。
だけどあえて否定します。
【ブラインドサッカーはスポーツとして、勝利に依存しません】
それは、勝とうが負けようが、ブラインドサッカーは成長し続けるスポーツでありたいからです。
● 勝利至上主義のスポーツ(競技)が見失いがちなもの
これまでも、そしていまも、スポーツは「競技としての成功」(日本一になる、五輪でメダルを取る、世界選手権で優勝する等)が優先されてきています。競技としての成果こそが、そのスポーツの競技者数を広げ、市場を拓き、発展の礎になると。
しかし、私たちはこのモデルにダウトを唱えています。
競技で成功しても、スポーツとしては成功していないスポーツ(競技)が世の中にはたくさんあるからです。
くわえて、大事な事実として、勝者は常に一者しかいないのです。
その一者以外、すべて敗者であるのもまたスポーツ。
だれもが努力するのは当たり前、さらにみずからの限界を超えようと努力するなか、勝利は常に水ものであり、神のみぞ知ることなのです。
どれだけ勝利を得る確率を高められたとしても、勝利はコントロールできない。
勝利に依存したスポーツ運営の不安定さはここにあるのだと思います。
● 勝利を目指すプロセスが、世の中の役に立っているのか?
では、それでもなぜ勝利が求められる舞台に出ていくのでしょうか?
それは、勝利を目指すプロセスが、社会とスポーツとの関係性をよりよいものにすると思うからです。
社会とスポーツとの関係性をよくする、ブラインドサッカーの場合、その仮説があります。
日本代表が世界を目指し、がんばる。
そのプロセスにおいて、ブラインドサッカーならではのエッセンス、強みが浮き彫りになってくる。
それらを世の中の役に立つ「サービス」に切り出すことで、ブラインドサッカーの魅力を競技者のみならず、その他の世の人のためのものとする。
その結果、ブライドサッカーという競技そのものに対する興味関心も高まり、競技活動に対してポジティブなフィードバックがある。
それが、地域でトップを目指さない人も含めてブラインドサッカーの普及となり、次の競技者を生み出し、トップを底上げていく。
そんなポジティブな循環が流れるスポーツでありたい。そう信じています。
ブラインドサッカーならば、それができる、だからこそ、トップ選手たちが世界を目指すことに全力を尽くしたいのです。
* * *
私たちは今、全力でブラインドサッカーB1の日本代表を支えています。
私たちが支えているのは、彼らのプレーや勝利を目指すそのプロセスが、世の中の役に立つと信じているからです。
それは、私たちはこれからも「競技としての成功」ではなく、「スポーツとしての成長」を模索していきたいからです。
そして、その上で、今大会の日本代表の勝利を皆さんとともに信じ、応援します!
みんな、がんばれ!!